呆け対策は自覚のある内に


 伯母が物忘れが酷くなった気がするといって大きな病院の精神科にかかってみた。
帰ってきたら嬉しそうに「軽い認知症って言われたけど、呆けや痴呆じゃないから取りあえずほっとしたわ。」
おい!全然わかってないじゃないか。この後小一時間、最近の過剰な言葉狩りの問題等をよーく解説して、呆けているという自覚を持ってもらった。
当人曰く、「なんだよ、わざわざ難しい言葉に換えてわかりにくくして年寄りいじめじゃないか。ぷん」だと。
自覚が無く、進行を抑えるクスリを飲むのを怠ったりしたら破滅だ。取りあえず危機回避。
 だが、やがて再び危機が訪れる。
その年の暮れ、どっちかというとバカは風邪ひかない系であり、いい年こいて暑い寒いにはバカ強い方の伯母が珍しく風邪をひいた。
風邪自体は大したこともなく、数日寝込んで熱も下がりもう良かろうという状況になったが、以前は昼寝など絶対しなかった伯母が真っ昼間から寝転がっている。
明らかに様子がおかしい、ゴミ出しの日もまるで忘れている。しかも、何度指摘されても「ああ、まだ少ないから次でいいや。」である。
食料を買いに行く様子もない。食事はどうしたと聞いても「冷蔵庫かき回せばなんかある。」だが、冷蔵庫は空っぽだ。
そして重大なことが発覚。クスリの保管場所にしている缶に大量の呆け進行抑止剤(アリセプト)が残っている。
指摘すると、「ああ、それは飲まなくても良いことになった。」と言い張る。
記憶が飛んで生じたミスをつじつま合わせする思考回路だけは強固に機能しているわけだ。
 とりあえず、正月休み中だったので毎日行って、生活の乱れを厳しく叱りつける。
元々、私の言うことは素直に聞く性格だったのに、異常に口答えが多くなっている。
これは素人が説教したくらいじゃ危ないと判断、最悪は施設行きもありうると正月明け4日に行政センター(元の保健所)へ介護保険適用を申し立てる。
さて、ここからが本題。
介護保険では、役所はかかりつけの医師に意見書を求めるとともに、調査員がやってきて実地調査を行う。
痴呆による介護保険適用請求の場合、見知らぬ調査員に緊張してその場だけしゃんとし、適用を却下されたり等級が低くなることが多いという。
体に障害が無く、病人でもなく、呆けのみの場合は画一的な調査項目通りだと「全て自力で出来る」と判定されやすいのだ。
したがって、調査員との面会は当人単独でさせるとリスクが大きい。
伯母は隣に住んでいるので、予め役所に対し日常の状況を知らせたいので面会後にこちらに寄ってくれるよう申し入れておく。
そして調査当日。予想通り、型どおりの質問のほぼ全てに対し「**は出来ますか」「はい出来ます」と答えている。
申し立てに至った経緯を説明し、出来ずにしくじったことすら全部忘れているのだと言うことを納得して貰う。
大失敗した薬の管理のことなどを入念に言い伝えた甲斐あって、どうにか要介護1にランクされる。
この先はケアマネージャを決めれば、利用サービスの選定など難しいことはだいたいやってくれる。
問題は契約行為だ。ケアマネージャというのは厚生労働大臣免許のコンサルタントという位置づけだから、契約の代理は出来ない。
役所との交渉も厳密には、行政書士か弁護士しかできないはずなのだが法的に曖昧なまま(たぶんその部分は無報酬ということで)実態としてはやっている。
困るのは、介護事業者との契約書調印や利用料金の支払いである。
今回使った介護事業者は、訪問2社とデイケア1社だが、いずれも契約書に保護者の署名を求める。
私は、「単に隣に住む親族」だ。保護者でも後見人でも弁護士でもないし、平日の昼間に何かあっても一切対応は出来ないからそんな署名は出来ないと拒否する。
そもそも一人暮らしの老人が多い東京で、公的保険制度で運用される制度が一人暮らしの利用を排除して良いのか?、と迫り、本人自己契約とさせた。
まあ、一応署名捺印くらいは自力で出来るので一応ここまでクリア。
 次の問題は月々の支払いだ。訪問の1業者は銀行引き落としが出来るから問題なかった。
困ったのは後の2業者だ。新聞のように集金するなら数万円の金銭管理くらいは自力で出来るから良いのだが、介護業者のトロそうな契約担当者は毎月郵便振替用紙を送るからそれで払えと言う。
「本人は呆けていて郵便局の窓口まで行く間に用件を忘れる状態なんだよ。」
「どなたか家族の方が...」
「一人暮らしだって言ってるだろ。ネットバンキングかテレホンバンキングなら夜でも出来るし遠隔で面倒見てやれるが、窓口だけって言われるとやりようがないぞ。」
「ネット?はあ?何ですかそれは?。」
「...orz。もういい、自分で行かせてみるが滞納が生じてもサービス止めるなんて言うなよ。」
「あ、そんな簡単に止めたりはしませんので。」
こんなやり取りの末、デイケアの利用開始。最初はぶつぶつ言っていた本人も規則正しい生活が回復し、どうにか自活できるようになったのはめでたい。
だが、記憶は5分で飛ぶ。これは病気でないので直しようが無く慣れるしかない。
支払いはどうにか家計簿でチェックしながらやっているようだ。
 このようにまあまあ軽症の呆けで、成年後見制度が適用される程ではないと、無論重症より良いに決まっているのだが、社会的には危険な状態である。
最近は銀行が投信の売り上げに血道を上げているので、年寄りの預金を狙ってしつこくやって来る。
金融のプロが取れないようなリスクを、呆け老人に押しつけ、自分らは客が損しても手数料を取るというあこぎな商売だ。
現在、伯母が取っている安全策は通帳だけ自分で持ち、銀行印を私に預けてしまう方法である。
通帳が手元にあれば私が横領することは不可能だが、銀行員が何か勧誘に成功しても取引印が無くて契約が出来ないという単純な方法である。
訪問販売の割賦なども印鑑が無くて引き落としが設定できなければ失敗するという訳だ。
明らかな重症で誰の目にも勧誘は違法と思える状態か、余程の資産家で顧問弁護士が付いているなら安全なんだが。

介護保険 認知症(この用語、当事者が理解できなくて困った)
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後日談:懸念したとおり、半年後に支払いをしたか忘れたかが思い出せないという事態になった
業者にあらためて支払い方法の改善を求め、1社は郵便貯金引き落とし、1社は集金と言うことになった
郵便貯金引き落としとなった業者には、何故最初からしないんだ!と文句を言ったが、後から出来るようになったとの弁解。
どうもこの業界は、金銭の扱いに関して何も考えられない人種が揃っているようだ。
新聞などで、病院の滞納問題が話題になっているが、事情は介護業者と似たようなものだろう。
一人暮らしで入院し口座に金はあっても動けなくて払えないという例も多いのではないか。
クレジットカードによる支払いの導入、動けない患者のカード手続きは事務がベッドまで出張ってやる、という対応をするだけで避けられる滞納も多いのではないか。
カード会社に手数料を払っても、後で事務が督促に回るより低コストで、与信リスクが避けられる利点は大きいと思うのだが。
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